北杜市・自然の中で
山の中の独り暮らし、片目を失い福祉や医療機関、孤独死寸前までを綴る
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ブログ休止します・眼の検査結果・動物との争い
69歳から始めたブログを、いろいろな事情から休止することにしました。休止と言 っても後1回更新して中止と言う事ですので、事実上の最後の更新のようなものです。長い間応援し てくださった皆様に感謝しております。有難うございました。

6月18日まで皆様のブログを拝見に伺います。皆様も応援日は6月18日までで打ち切ってくださいね。7 月いっぱいはブログの事は忘れ、8月に入ってから一日数人の所を訪ねゆっくりと読みたいと思って います。

FC2のブログでは1ヶ月更新をしないと広告が入りますので広告を消すため写真1枚だけの更新をしま すが、これは最後の更新ではありません。


お付き合い有難うございました


6月12日に、眼科に行ってきました。視野検査の結果は前回よりあまり悪化はしていないとのことで す。一般の方を100%とした場合、私の場合20%しか視野はないので生活に支障が起こっています。 手術した所から水が溢れるように出て、長いコメントに対抗できませんでした。原因は手術した所の 糸が緩んで流れる量が多くなったようで、ピンセットで糸の緩みは治してもらいました。

動物たちに庭を荒らされて困っています。今まで3か所を網などで囲いましたが3坪から5坪程 度の小さなものでした。小さなものをいくつ作ってもコストが嵩むので、100坪以上の範囲を囲む事 にしました。弟と2日で大きな作業は終わりました。小さな作業は私が毎日少しずつ行って完成した いと思います。


草ぼうぼうですが山野草も沢山植わっています



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子供のころから頑固な私・6月中旬でブログを長期休止します

私は横浜の小さな漁村に生まれ、終戦後、横浜市立金沢小学校に入学しました 。まだ、その時代は学校給食などありませんでした。小学校、4年生か5年生の時に引越しましたが、 同じ学区内のため転校はありませんでした。

金沢も人口が増え子供の数も増して一校だけでは収容できず、八景小学校と文庫小学校2校が建設 されました。6年の学級組み換えでは、私は八景小学校に通うことになり、ある雨の日金沢小学校か ら八景小学校に移動したのです。学校は木造二階建ての小さな校舎で、3年生は記憶にありませんが 、4-5年生は金沢小学校に残っていました。1-2年生は授業も短く、教室が足りないため、午前と午後 の二部制でした。

この新しい学校には給食室があり、学校給食が始まり6年生のみ給食がありました。 でも、我が家の経済は最悪期をむかえていたのです。当然のことながら、給食費を払える状態ではあ りません。かといって弁当を持っていける状態でもなかったのです。給食時間になると「家に食べに いってきます。」と教室を出て学校の周辺で時間を潰し、皆が食べ終わった頃教室に戻っていました 。

大雨のときは傘がないので学校は休みましたが、小雨のときは濡れて学校に行ったものの、給食 時間になると、外にはいけず皆が食べているのを見ている辛い状態が何度もありました。 先生にはすぐに家に戻って昼食を食べていないのを知られてしまいました。ある日、職員室に呼ばれ 「木内よ、育ち盛りの今、昼食を食べずにいると将来大変な事になる。給食費は支払わなくても良い から食べるように」と言われましたが子供頃から頑固な私は申し出を断ってしまいました。

勿論、給食費を払えない状態なので、朝食や夕食も空腹を満たすような食事は与えられませんで した。
あの時素直に給食を食べていたら、身長は伸びていたでしょう。今では後悔しています。同時に「武 士は食わねど高楊枝」などの言葉は知りませんでしたが、心の中で意志を貫いた事を誇りに思ってい ます。
後になってわかった事ですが、先生は心配して家庭訪問してくれた事を母の死後、「母の手記」を読 んで知りました。
手記には、
「木内君は真面目で利口だ」と褒めた後、今日はお昼ご飯を食べに戻りましたかと私に聞きました。 先生の話では、「この前木内君に家からパンが届いたよと言って渡したら、家にパンなど買うお金な いよと言って受け取らなかった」と言うのです。・・・以下省略

正しいと思ったら変更しない頑固な考えは今でも続き、命取りになるかもしれません。
でも、ころころと風見鶏のような考える性格にならなくって良かったと思っています。
今風に言えば、風の読めない人間なのですね。

眼もだいぶ悪くなり、入力も苦痛になりました。6月中旬をもってブログを長期間休止するつもり です。それまで暗いブログですが、お付き合いお願いします。休止後1回だけ更新してから中止したいと 思います。

まだ、通販での画面を見てクリックだけの注文などの生活視力はあります。


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眼に関する文へのリンク
年月日 タイトル メモ
2015.10.28 つまみ食い「山梨」 弟のブログ・山梨大学付属病院に行った時の感想
2015.11.08 眼科医・村田博昭 対 患者 木内正夫 北杜市立の診療所で本人の承諾を得ないで通院に 9時間もかかる市外の病院 に飛ばされた。私の死後、世論やマスコミがこの医師に借りを返してくれる事を期待する。
2016.01.07 韮崎市立病院に行く 公共交通機関を使い韮崎市立病院まで行く
2016.03.15 ボランティア・韮崎市立 病院に行く(2) ボランティアの協力で病院に行けるようになりま した
2016.09.08 朴の葉の落ちる頃 実話に近い小説です
その他へのリンク
2016.04.03 日本国憲法 25条の生存権・救われる者と切り捨てられる者
2016.05.16 福祉との関わり合い 2016年末までの福祉との関わり合い
2017.05.18 国民年金 国民年金は国民の生存を保障するものなのか
2017.05.22 尊厳死・安楽死 尊厳死・安楽死について考える


爺達のコメント戦争
憲法19条に思想、20条に宗教、21条に言論や思想の自由などが書か れています。これは国家が国民に与えたものですが、憲法を持ち出すまでもなく、個人の間でも同様 に尊重すべきだと私は思っています。この自由を侵すことは人の心の中を土足で踏み込んだようなも のだと思います。正夫


尊厳ある生き方と尊厳死
木内正夫さん。
この記事を拝見してから2,3日考えました。
木内さんとお付き合いをしてから随分と長い年月が流れました。
木内さんは誰にも頼らずに生きてきました。
いろいろ困ったことが起きても顔色を変えずに自分の力だけで解決してきました。
そのような生き方が、私にはすがすがしい生き方のように見えました。この独立独歩の生き方が魅力 でした。
あの山林の中で知り合って、お付き合いをした方は幾人かいました。もう皆亡くなってしまいました が。
その幾人かの方々と違い、木内さんは際だって誇り高い生き方をしていました。
その上小さな草花を愛す心優しい性格なのです。
この生き方を支えて来たのが今回の記事にある『尊厳死への想い』だったのです。今回、私はその事 実に初めて気がついたのです。
ですから尊厳死や安楽死は間違った考えだと他人が木内さんに対して論陣を張るのは非常に失礼なこ とです。
それを言うなら木内さんの生き方を否定することになるから失礼なのです。大変悪いのです。
他人が何か言う前に、木内さんの生き方を長年知って深く考えるべきです。軽率な意見を言うべきで はないのです。
人生の終わり頃に木内さんの生き方の根底にあるものを知り得て大変嬉しく思います。
と、同時に木内さんの苦しみに心が痛みます、胸が痛みます。
自然の風景を見ながら、心安らかにならんことを祈っています。
2017/05/24(水) 16:56:46 | URL | 後藤和弘 #-[ 編集]


後藤さん、こんばんは。
この文は先日の国民年金の文同様に弟が書いたもので、私の生き方を書いたわけではありません。
ただ、メールで送られてきた文に、HTMLの言語を付け加えてブログで読めるように加工しただけです 。
自死する老人も沢山いますが、誰も世に伝えたい事を書かずに逝ってしまいます。 今、このような文を書いても読む人は少ないと思いますが、私の死によって読む人もいると思います 。
どのような事を書いたとしても、私自身には何の役には立ちませんが、波紋が広がり多少でも他の老 人たちの役にたてばと思っています。
でも、無理でしょうね。私腹を肥やす政治家は山ほどいるが、老人問題を真剣に考える政治家は見当 たりませんからね。
眼の見える間は頑張って生きたいと思います。
今日は草むしりをしていました。
長文のコメントありがとうございました。
2017/05/24(水) 20:21:17 | URL | 木内 正夫 #-[


2025年問題は・・・・

木内 正夫 さん
こんばんは。
ここのところ、心の中が暗くなります。
ネガティブな語り合いは止めませんか?
2025年問題は、確かにありますが、私はこう考えます。
共生の時代を模索する時と。
運命共同体です。
持ち家のある方たちは年金のすべてを生活費へと、しかし、持ち家のない方たちは、少ない年金の中 から、賃貸料を捻出します。
これは木内さんの、おっしゃる生活権の問題にもなるはずですね。
しかし、しかし、どうでしょうか。共生という立場に立つなら、シェアハウスという発想もあるはず です。
最近、東大生が『私を50円で買ってくだい。』と、言うメッセージを発しています。 家庭教師から、溝さらい、買い物のお手伝い、話し相手、息子の役をして・・・など多岐にわたりま す。
一方、半農のシェアハウスを発信している方たちもいます。 老人はもとより、知的障害者の方たちと共生を考えています。みんなで、出来る農業して活動してい ます。そして、食事も当番制。
もちろんこの中での、看取りという現実も生まれますが、なんとまぁ、明るい生き方ではないでしょ うか。
国がどうのこうのではなく、皆が共生できるにはどうしたらよいか?
2025年問題は、いかにして共生するのか?と、言った課題をクリアーする時かもしれません。
でも、もうチャレンジしているのですよね、いろいろなところで、実際に始まりつつありますよ。
長くなりました。
少しだけ私の考えを話しました。
(気分を悪くされましたら、削除してください。)

そうそう、忘れました。
横浜の鶴見川の土手を白い杖をつきながら、一人で、散歩している老人を見かけます。
いろいろな方たちが見守っているのです。
買い物のお手伝いから、出かける際のサポートなど、けして身内の方ではないようです。
この老人の方にお会いすると、涙が出るくらいに嬉しくもなります。
共生の主人公となっていますから。 春夏秋冬、鶴見川の土手で季節感を味わっているのでしょうね。
サポートする方も素晴らしいのですが、この老人の生き方も。
2017/05/26(金) 19:10:03 | URL | KITAHO #YXfnopBU[ 編集]


KITAHOさん、こんばんは。
いつもお世話になっています。
これは弟が文芸誌にだいぶ前に発表した小説です。
弟の話し合いした雑談ではなく、老人福祉が段々と悪くなると書いただけです。
今日もニュースである一定程度の収入ある人の介護の負担が2割から3割に引き上げられると報道して いました。
また、原因はまだわかりませんが、80歳の老人が新幹線の座席に火をつけて逮捕されたと放送してい ました。
この老人について考えられる事は、刑務所が天国にみえるほどの環境だったかもしれません。
老人一人ひとり育ちも今おかれている環境も違います。
このように生きるべきだと言う教科書はないはずです。
各自が最良と思う生き方を選択すればよいのではないのでしょうか。
ここにあげた3編の文は、政治家にもっと真剣に老人差別に取り組んで欲しいく、大きな池に小さな 石を投げかけただけです。
しかし、すぐには波紋は広がりません。
私が健在なうちは、あまり読む人もいないでしょう。
必ず、いつかは波紋は広がり、私には役に立たなくても、少しでも他の老人が救われればよいと思い ます。
繰り返すようですが、福祉は未来はこのようになる可能性がありますと言う小説です。
私個人の事を書いたのではありません。
長文のコメントありがとうございます。
2017/05/26(金) 20:07:26 | URL | 木内 正夫 #-[ 編集]


あなたのブログは、こういう爽やかな記事が一番似合いますね、きれいで、穏やかで、底の方に優し さがゆらゆらと見える…
三つの論に対する読者の方のコメントが胸に染みました。
ありがとうございます。
私のは一般論、問題提起なのに「兄という具体的な人」に関連付けてたまらない気持ちになってしま う人、それは温かい友情のなせるわざ。兄がとても羨ましく感じられます。
もう依頼されても「暗いもの」は書かないようにしたいと思います。
そうしましょう、
今日の記事の中の、苔のふっくらした緑も私にそう言ってます(^^♪
2017/05/28(日) 03:51:33 | URL | 蛙声爺 #-[ 編集]


蛙声爺さん、おはようございます。
私がホームページやブログを始めたのは楽しい事を書くためではありません。
役所と介護保険料のトラブルからです。
ブログは小さな新聞社のようなものなので、不満やトラブルなど書き続けるべきだと思います。
長いものに巻かれろと言う考えは私にはありません。
例えどのようなコメントがきても、それこそが小さな波紋だと思います。
あなたこそ、間違った行政や司法世の中の暗部を積極的に書いて弱い者の意見などを発表すべきだと 思います。
この続きは爺対談でしましょう。
コメントありがとうございます。
2017/05/28(日) 09:25:55 | URL | 木内 正夫 #-[ 編集]


おはようございます。
また真夜中に目覚めてしまいました。独学時代の住み込みアルバイト、十数年もやった牛乳配達が創 った「生活時計」ですかね。
真ん中辺りの私への「叱咤激励」、胸に染みました。それをしたくての、長年月に亘る苦闘だったの ですから。
司法試験は論文式までで終わり、取った社会保険労務士の資格もまた貧しさから開業もできずに終わ りました。3.11の直後、労務士会も「退会」しています。
それら「学問」が生きたのは、皮肉なことに当時「落ちた人間の吹き溜まり」と揶揄されていた観光 ホテルの、総務時代、僅か5年の間だけでした。私が一番充実していたと思える「時間」、自分で言 うのも何ですが、何人もの従業員に手を合わせんばかりにして感謝されたあれこれのこと。しかしそ の見返りは経営者の事実上の解雇通告でした。総務は経営者側のはずだという理屈でした。
いやいや横道にそれましたね、すみません。私のブログは、設備の仕事で頭を数回打ち高齢も手伝っ て海馬が委縮したせいで小説から離れていた期間、文章感覚を保つためでした。つまり社会問題とは 全く違っていたのです。それでも時々は、今回のように「論」を張ったことはあります。軽めにしま したが。
「でも」です、拍手はほとんどなくポイントも入りませんでした。ちゃんと読んでもらえたかも定か でありません。やっぱりブログって場所が違うんだなという印象でした。それらの文はいまも「偉い 人気取り」のカテゴリの中で眠っています。
中途で休んでいる執筆中の長編小説に戻ったところで、たぶん今の私のブログは閉じると思います。 現在は「文章を短くして読者に伝えられるか」がテーマです。
と、長くなりました。払暁の雰囲気の中で柄にもなく「振り返ってみた」次第です。
来月の武川での爺放談はtakakoさんも交えて盛り上がりそうですね。楽しみです。
  2017/05/29(月) 05:58:48 | URL | 蛙声爺 #-[ 編集]


蛙声爺さん、おはようございます。
長文のコメント有難うございます。
今回は返信書くのを止めます。
11日を楽しみにしています。
2017/05/29(月) 08:53:52 | URL | 木内 正夫 #-[ 編集]


穏やかな生活が・・・・
木内 正夫 さん
おはようございます。
毎度嫌な思いをさせてしまうようですが・・・。
ごめんなさい。
>長いものに巻かれろと言う考えは私にはありません。
私もそう思いますが、そろそろ、別次元へと旅立たせませんか?
木内さんは、行政に頼らない生き方をしていらっしゃいます。それだけでも、長いものに巻かれない という、気位なのでしょう。
>楽しいブログは毒にも薬にもなりません。
いえいえ、オオアマナの開花の画像を見て、心穏やかになり、和むという効果はまさに『薬です』よ 。
もう充分に、独立独歩をされてきました。
穏やかな日々の暮らしをと、願うばかりです。
そうそう、白州の、例の医者のお話、木内さんのブログだけではなく、その殿様対応、患者から支持 されるはずもなく、必ずや、どこかでしっぺ返しがあります。
その医者への批判をすることにより心が刺々しくなっていく、このことが不幸です。
若い頃がそれでも満足できると思いますが、年をとれば、むなしさがいっぱいとなります。
そこが、今流行?の爆発・暴走老人たちです。
新幹線の事件や暴走車で人を殺傷・・・こんな哀れな話は不幸中の不幸です。
この方たちが、なにかの心温まる出会いとか、安らぎの場所があれば、きっと起きなかったのでしょ うと、思うのですが・・・。
もう・・木内さんは充分ですよ。本当によく戦ってきました。
石を投げての波紋と言いますが、それは口コミなどの人の輪から出来るはずです。
北杜市の市長選が物語っていますよ。
『篠原ますが』氏の善戦でわかりました。もう少しです。
共生しようと、考えている方たちの輪が大きくなって来ていますよ。人って、何も考えていない人ば かりではないですね。
昨今のニュースでもそうでしょう。
反旗を翻す官僚もいるのですから、世の中捨てたものではありません。
老人は、そのような方たちをそっと見守る役と、思います。前面に出なくても良いのです。
オオアマナの花を見て、ホッと和む生活を、是非していって欲しいと願うばかりです。
また・・・
長くなってしましましたね。
申し訳ないです。
2017/05/29(月) 09:56:03 | URL | KITAHO #YXfnopBU[ 編集]


KITAHOさん、こんにちは。
長文のコメントありがとうございます。
火に油を注ぐコメントのやり取りは好みません。
思想、表現、言論などについては私のブログを読んでいただいている方々が心の中で判断するでしょ う。
2017/05/29(月) 12:12:06 | URL | 木内 正夫 #-[ 編集]


モリアオガルの産卵おめでとう御座いました。
木内正夫さん、
モリアオガエルが今年も産卵に来てくれて良かったですね。
こういう記事を読むととても幸せな気分になります。有難う御座います。
さて、最近の木内さんのブログの記事には胸を痛めておりました。
しかし沈黙を守ってきました。
木内さんを一切助けて来なかった私にはコメントを送る資格が無いと思っていたから静かにしていま した。ただハラハラして何度も読み返していただけです。
しかし KITAHOさんの長文のコメントを読みました。そこで彼のコメントに対する感想を書くことに しました。
彼は、「 もう充分に、独立独歩をされてきました。
穏やかな日々の暮らしをと、願うばかりです。』と書いています。
そして、『 >長いものに巻かれろと言う考えは私にはありません。
私もそう思いますが、そろそろ、別次元へと旅立たせませんか? 』とも書いています。
私の感想を言えばKITAHOさんのご意見がまったく正しいと感じています。
しかし正夫さんが書いている、『ブログに間違った行政や司法世の中の暗部を積極的に書いて弱い者 の意見などを発表すべきだと思います。』というご意見に大賛成します。
問題はその意見の書き方にあります。
光夫さんの書いた文章には私憤と個人的な恨みが感じられるのです。ですから幾ら立派なご意見でも 建設的な印象を与えません。ただ暗い愚痴のように聞こえるのです。
ですから個人の恨みは一切出さないで「行政に対する建設的な提案」として書き直せば素晴らしい意 見書になります。
今迄、光夫さんの暗い小説を沢山読みました。しかしその中には行政批判が無かったので作品として 立派なものでした。
今回は私憤や恨みを感じさせるので客観的な批判になっていません。光夫さんはこの部分を判って下 さると信じています。
あまり長くなるので、ここで一旦休みます。
続きがあります。
2017/05/29(月) 16:11:48 | URL | 後藤和弘 #-[ 編集]


KITAHOさんのコメントに同感します。
木内正夫さん、
私はKITAHOさんのコメントに同感しています
。 そう書くとKITAHOさんや私の境遇が木内さんと違うので参考にならないと考えるでしょう。
そうではないのです。KITAHOさんは本気で、親身になって木内さんが達観の境地になることを願って いるのです。
私はその先も提案しています。達観の境地になって行政の批判をすれば多くの人々に喜ばれるのです 。
KITAHOさんや私の境遇が正夫さんや光夫さんと違うからという理由で、KITAHOさんの意見を無視し たとしら大きな間違いをしてしまいます。
KITAHOさんのご意見は金持ちにも貧乏な人にもひとしく正しいのです。
それは難しいことですが、自分に対するこだわりを捨てる努力をすると、「この方たちが、なにかの 心温まる出会いとか、安らぎの場所があれば、きっと起きなかったのでしょうと、思うのですが・・ ・。 」というKITAHOさんの文章の意味が分かるのです。
「火に油を注ぐコメントのやり取りは好みません。」と流さないでKITAHOの真情に答えて貰い たいと祈っています。
2017/05/29(月) 16:29:57 | URL | 後藤和弘 #-[ 編集]


後藤さん、こんにちは。
二編の長編のコメントありがとうございます。
一つ言えることは、生まれも育ちも皆違い、それぞれの思想も違います。
人の心の中まで入り込む、コメントはいかがなものか。
あなた方裕福な人が、もっと老人問題を取り上げ、世の中を少しでも変えてほしいと思います。
これ以上書くと収まりがつかなくなりそうなので止めておきます。
コメントありがとうございます。
2017/05/29(月) 16:59:17 | URL | 木内 正夫 #-[ 編集]


すこしだけ申しあげます
兄の想いの客観化と法的肉付けの依頼を受けたとき、これは「周囲に受け入れられるかどうか」とい う疑問はありました。読者が兄のブログに求めていることと食い違うのではと思ったからです。それ でもきちんと対応したつもりです。
でもこれは彼のブログです、私のものではありません。私の文章の巧拙に対するご批判は当然甘受し ますが、3つの文の内容イコール私ではありませんのでご承知おきください。ちがうからこそ兄に「 叱咤」されているわけです。
今回に限って言えば先生こそ、客観性を失っていらっしゃるように思います。しかしそれが兄に対す る友情から来ているものだと分かっています。前のコメントでお二人の先生方への感謝の気持ちを書 いたのもそういう思いからです。
いつも兄にご配慮いただきありがとうございます。
私のコメントを確認していただければお分かりと思いますが、もう依頼されても書かないと宣言して います。私は私なりの別の世界へ来ていますので。
失礼しました。
2017/05/29(月) 20:16:27 | URL | 蛙声爺 #-[ 編集]



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尊厳死・安楽死について考える

「生きるに値しない命」誰がそれを決めるのか
        ~尊厳死・安楽死について考える~

「いつ、どこで、誰の子として生まれるか」それは選べないけれど、せめて「いつ、どこで、どのようにして死ぬか」は自分で選びたい。壮年の頃は笑いながら自分も人に語っていたような気がします。それが高齢者になると「本当にそうできたら」、「いやそうすべきかも」と真正面から考える人たちに出会うようになり、さらには自分の心身すら制御できない状態でターミナルケアの中に居る人にも多々接するようになります。

3年ほど前、知人が癌で67歳という「若さ」で逝きました。亡くなるまで病のことは知りませんでしたが、生前彼が送ってくれた本があります。『自死という生き方』、なんと衝撃的なタイトルでしょう。送り状に「貴兄は読んでみてどう御思いになりますか」とありましたが、正直なところ「自殺」を考察する気にはなれませんでした。なので、私が読んだのは彼が旅立ってからになります。
285ページに及ぶこの本のカバーにこんな言葉がありました。『人生の果実は十分味わった。65歳の春。清明で健全で、そして平常心で決行されたひとつの自死』。それを決行した人は哲学者でした。
『自死』…。
「人を殺す」という場合の「人」に自分は含まれていません。日本語の「自分を殺す」の「自分」は身体ではなく別の意味を伝えています、「マナー的な善」とか「たしなみ」とか「処世術」とか。つまり「自殺」には「人を殺す」の「人」にあえて「当人=自分」を含ませ非難を浴びせているのです。また、「自殺」の「自」にも本来他人は入っていません。入れるのは「他殺」だけです。例外的に他人が入るのは刑法の例で、死んでいく当人の承諾、嘱託を必要としている殺人(202条)です。「本人の意思」が犯罪の構成要件に入ることにより、殺人の刑が減軽されているのです。
この「自殺」の非難的な語感からでしょうか、『意思的な死を非道徳的・反社会的行為だと責めないでいう語』として『自死』は存在します。
ところでこの『自死』にあたると思われる言葉が日本語には数多く存在します。「自決」「自尽」「自裁」などですが、共通するのは死んでいく本人の強い意思を感じることです。加えて裏には、尊厳、矜持、美意識などが潜んでいるようにも思えます。
いや『自死』でも非難されるべきという考え方もあります。年配の方は憶えておられることでしょう。『身体髪膚これを父母に受く、敢て毀傷せざるは孝の始めなり』(孝経)がそれです。まして死ぬなど論外ということで、これには反論しないことにします。
こう見てきますと「本人の意思」というものがこの問題の各部面でキーワードになっていると解かります。

そうなのです。新たな問題として拡散しだした「安楽死」「尊厳死」の議論や成立要件にも最重要なものとして関わっています。
どちらも、生きていることが広い意味での周囲にとって罪なことになっている、或いは生きていることが当人にとって拷問に近い苦痛を与えている場合で当人が死を望むときに、他者の関与がどこまで許されるかという問題です。

新たな問題と言いましたが実は、私が初めて「安楽死」という言葉を書物で見たのはかなり昔の1962年、名古屋高等裁判所の判例でした。いまも強力に生きている判例だと思います。「基本的には違法だが6つの要件を満たせば違法性が阻却される」とするものでした。その要件の概略は①回復の見込みがない病気の末期②心身の耐え難い苦痛の存在③目的は苦痛からの解放④患者の自発的で明瞭な安楽死の求めがあり⑤医師の手によること⑥その方法が倫理的なこと、というものでした。②③で心の苦痛は正確に捉えがたいところから重点は肉体的苦痛にあったと記憶しています。犯罪の成立には、行為が構成要件に該当し違法かつ有責でなければなりませんので、違法性阻却となれば「安楽死」させる医師の行為は無罪となります。1995年の地裁判決もこの立場をほとんど踏襲しています。
なお、④は意思表示能力がある段階での自筆文書であれば意識を失う前の文書でもよいとされています。事前に延命行為の是非について宣言する「リビング・ウィル」について『遺書とリビングウィルは書いておこう』(近藤誠・曽野綾子「野垂れ死にの覚悟」)と確かに勧められています。

「本人の意思」、これが最も重要な要件なのです。これが無ければ、積極的安楽死なら「殺人」、続けていた延命措置を止めるなど消極的安楽死なら「不作為による殺人」か「保護責任者遺棄致死」に問われるはずです。
「安楽死」はドイツ語で「オイタナジー(Euthanasie)」といいますが、「オイ」は「善」、タナトスは「死の神」ですから、「善悪」でいうならもともと善なのです。冒頭でお話しした語義からも同じ流れだと感じます。
上の「消極的安楽死」の分類で括られることが多いのですが、文字通り最近「尊厳死」(death of dignity)が使われるようになりました。『人間が人間としての尊厳を保って死に臨む』ことです。
医者が患者の病状や治療方針を丁寧に説明して患者の同意を得るという「インフォームド・コンセント」の1種とされています。同意の反対は拒否。患者が無意味な延命行為を医師に向かって拒否した場合などがこれにあたります。ここでも、意思決定は明瞭明白な形であることはもちろんのこと、「任意に」なされたものであることが求められます。
ちなみに「積極的安楽死」も含めて法律で是認した国がかなりあります。スイス、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクと欧州はかなり固まっています。米国でもいくつかの州で採用しています。じつは日本でも2012年に法案が作られたようです。その法案名が注目で、何を目指しての作成だったかが垣間見られます。曰く『終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案』。

高齢者社会の日本において、「安楽死」「尊厳死」の法制度が確立する可能性が高まりつつある。そう言っても過言ではなさそうです。
常識的に考えられるデメリットはこうでしょう。「弱い立場に置かれがちな患者の任意の決定権が無視され、死を強要される可能性が高くなる」。前の高裁判例が設けた成立要件はそのまま「安楽死」是認の弊害を防ぐためのハードルでした。
しかしたとえ生存権に関わるリスクがあったとしても、下記により法定乃至是認の圧力は高まると踏んでいます。
① 財政難からも医療費・社会保障費は可及的に削減したい。
② 就業可能世代がその分過剰な医療費負担を強いられているのは不条理。
③ もともと延命治療には価値がないので公費負担は停止すべき。
 この中で最も怖く、有力なのは②です。親族の間でも世代間対立が具体的な形で発生するからです。

拙い問題提起でしたが、皆さんは何を想われたでしょうか。
 最後に冒頭に掲げた哲学者の書物の前書から、この言葉を引いてみます。
『同情されたり、哀しまれたり、現実逃避だと非難されたり、迷惑視され、嫌悪され、後ろ指さされたりするいわれがまったくない自死、敬意すら払われてよいかもしれない自死がありうる。氏は、その証明を、現代の哲学者の仕事であると考えました』(須原一秀「自死という生き方」)

「生きるに値しない命」、そんなものがあるのか。少なくとも、そこにいわゆる「価値」の有無は、その人自身が考え、その人自身が決めるべきでしょう。
 私はそう想います。



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ランキング2・朴の花・網と交換
私のような者がランキングのある程度の所にいられるのは、皆様の応援があってこそ出来る事なので感謝しています。応援してくれた人には応援を返すのが礼儀だと思い、日ごろ応援してくれた人のホワイト・リストを作っています。昨日21日6時半頃から、リストをチェックしながら訪問していました。その間に何人もの人か訪問してくれました。私はFC2の訪問者とブログ村のランキングのショートカットを交互に見ていましたが、数字は伸びませんでした。他のブログにも立ち寄りましたが、ブログ村のカウンターが故障を起こしているようでした。メンテナンスの場合は後でカウントされるようですが、この故障の間はカウントされていないかもしれません。そうだとしたらごめんなさいね。ホワイト・リストの反対に訪問してくれても応援してくれない人のブラック・リストは作っていません。




朴の木の上の方の部分です・高さ30Mあるかもしれません



パソコン室からの朴の花です・カメラから20Mは離れています



先日寒冷紗で囲った所を網に張り替えました



囲いの中もだいぶ植物が増えました



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年月日 タイトル メモ
2015.10.28 つまみ食い「山梨」 弟のブログ・山梨大学付属病院に行った時の感想
2015.11.08 眼科医・村田博昭 対 患者 木内正夫 北杜市立の診療所で本人の承諾を得ないで通院に 9時間もかかる市外の病院に飛ばされた。私の死後、世論やマスコミがこの医師に借りを返してくれる事を期待する。
2016.01.07 韮崎市立病院に行く 公共交通機関を使い韮崎市立病院まで行く
2016.03.15 ボランティア・韮崎市立病院に行く(2) ボランティアの協力で病院に行けるようになりました
2016.09.08 朴の葉の落ちる頃 実話に近い小説です
その他へのリンク
2016.04.03 日本国憲法 25条の生存権・救われる者と切り捨てられる者
2016.05.16 福祉との関わり合い 2016年末までの福祉との関わり合い


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