北杜市・自然の中で
山の中の独り暮らし、片目を失い福祉や医療機関、孤独死寸前までを綴る
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夢の窓から見る「むかわ」

 30年余の歳月を経て、いま、甲斐駒の麓「むかわ」の「景色」の中に居る。
 この長い時間が、私に厳しかったのか、優しかったのか、また、有意義だったのか、無意味だったのか、それを問う私は居ない。
 目の前にある建物、樹木、草草、そして青空が全てだ。朴の木の丈は2倍近く伸び、柿も合歓も富士桜も、それなりに成長していた。ただ、私が司法試験の勉強のため1年3ヶ月の間、独り篭っていた頃には居なかった木、木蓮が太く逞しく自信に満ちた姿で「聳えて」いたのには驚かされた。2棟のプレハブだけだった山荘は、兄の手で、独りで暮らすには「巨大すぎる」庵に変貌している。沢で汲んだ水はいま、蛇口から出る。ラジオだけだった「友」はいま、ネットに繋げるパソコン、地上デジタル対応の大型テレビ、子機まである電話など、目を瞠るほどに増えていた。
 見上げれば、月2万円余で暮す覚悟で入居した、あの時と変わらない青い空、秋色の白い雲。赤松を潜り抜けて吹く風さえ、当時のままの爽やかさだ。
 何を学んだろう、「この時」の隔たりの中で。誰を愛したろう「この場所」に疎遠だった日々の間に。死んだものの価値を計り、生まれたものの意味を問い続けた私の心の日々・・・いま、時間が止まっている。
 69になった兄と、61にとどいた私が、飲み交わすビールの泡の中で。
 数少ない、話し合える肉親二人の、静かなふれあいの中で・・・・。
 私は明日の朝早く、ここを発つ。
 あの日、この山を下りたその年、3万人の受験生の中の4千人に入れたときのように。自分が変われる期待を胸に抱きつつ。
 「むかわ」それは、人生を賭けた凄絶なる戦いの舞台だった。
 いまそこは、一つの安らぎの空間に変わっている。  (光夫)
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